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ビール業界で、数多くの商品を発売するサッポロビール株式会社。最近では"新ジャンル(第三のビール)"のサッポロ「GOLD STAR」を発売し、業界で注目を集めました。今回は、サッポロ「GOLD STAR」の開発者である新価値開発部 第1新価値開発グループの新木絵理さんに、「マーケティングの考え方」についてお話をお伺いしました。
●プロフィール
新木 絵理(あらき えり)
2013年に青山学院大学 経営学部 マーケティング学科を卒業。その後、新卒でサッポロビール株式会社に入社。家庭用営業を経験した後、新価値開発部 第1新価値開発グループに就任した。最近では“新ジャンル(第三のビール)”サッポロ「GOLD STAR」を生み出すなど、新商品の企画から、販売戦略立案など幅広い分野で活躍する。趣味は舞台やミュージカルの鑑賞。
変化を求められる業界の中で挑んだ、サッポロビールの挑戦とは?
ーはじめに、現在の仕事内容を簡単に教えて下さい。
現在、新価値開発部 第1新価値開発グループでビールテイストの商品開発をしています。市場調査やインタビュー調査からお客様のニーズやインサイトを見つけだし、企画を立てることからこの仕事は始まります。そして、コンセプトに合わせた中味の開発とデザインやネーミングの開発を行い、何度も細かい調整を繰り返しながら、最終的な商品に仕上げていきます。商品開発の全工程に関わる部門です。
お酒の新しい価値提案を考え続けることが、新価値開発部の最も大切な仕事であり、醍醐味です。目の前の売上だけではなく、常に先の市場環境やお客様のことを考え、商品を企画しています。現在は2021年以降に向けた新商品開発にすでに着手しています。
ー新木さんが携わった商品サッポロ「GOLD STAR」について教えてください。
サッポロ「GOLD STAR」は2020年2月に発売した新ジャンルの商品です。黒ラベルの麦芽と、ヱビスのホップを使い、黒ラベルとヱビスの仕込み方法で造り上げた新ジャンルです。サッポロビールの全てを注ぎ込んだ商品と言っても過言ではありませんね。
ーなぜ今回"ビール"や"発泡酒"ではなく"新ジャンル(第三のビール)"カテゴリで発売したのですか?
新ジャンルで発売した理由は、弊社は黒ラベルとヱビスという二大ブランドだけでなく、その他にも多様な価値を提供するビールブランドを多く持っているからです。ビールカテゴリにおいては、新商品による価値提案よりも、今ある商品の価値を高めることで、お客様の期待に応えていきたい、という想いがありました。
新ジャンル市場は、約15年前に「ビールの代替」として誕生しました。時代と共にお客様の価値観は少しずつ変化してきていますが、今もなお、新ジャンルには「もっと美味しくなってほしい」「ビールに近づいてほしい」というお客様の期待が存在していることが、お客様調査の結果わかりました。つまり、常に進化を求められている市場なのです。
今の時代に求められる新ジャンルを、今、私たちが造らなくてはいけないと思い、新ジャンル市場で勝負をしようと決めました。
ーでは、具体的に他社と差別化を図った点について教えて下さい。
現在の新ジャンル市場では、企業の自信や本気度を訴求する商品が増えてきています。しかし、弊社では「本当にうまい」という言葉をただ伝えるだけではなく、「黒ラベル×ヱビス」という実際に存在している二大ブランドの「裏打ちされた確かなうまさ」によって、弊社の自信や本気度をお客様に届けようと考えました。これが差別化のポイントであり、サッポロビールにしかできない価値の提案だと考えています。
商品開発のチームを導く鍵、それは「信念」と「柔軟性」
ーこれまで、サッポロ「GOLD STAR」へのこだわりを伺いましたが、マーケティングの考え方を教えて下さい。
全社的な方針として、ただ「モノ」を創るだけではなく、お客様一人ひとりが賛同してくださるストーリーを創り上げることを大切にしています。私がいる新価値開発部でも、モノの先にある世界観やストーリーを描くことを常に意識しながら商品開発を行っています。
ーでは、サッポロ「GOLD STAR」の開発において自身が一番こだわっていることを教えて下さい。
全てにこだわりがありますが、強いて上げるならネーミングとパッケージです。どれだけ良いコンセプトを書いても、これが体現されてないとお客様には伝わりません。コンセプトをどう落とし込んでいくかという視点で、社内のデザイナーと何度も議論をし、100通り近いパッケージ案を検討しました。
ーそのこだわりがある中、マーケティングで一番大切にしたい思考などはありますか?
そうですね。マーケティングという意味合いで大切にしていることと、開発を進めていく上で大切にしている考え方があります。
まずマーケティングについては、いわゆる差別化とかポートフォリオという言葉に惑わされないことを意識しています。マーケティングを学問として学ぶことは大切なことですが、時としてマーケティングの型にはまってしまい、大事なことを見逃してしまうケースも良く起こります。
例えば、商品開発ではデモグラフィックでお客様をセグメントすることが良くありますが、20代女性にターゲットを設定した場合、新卒の人も私のようにもうすぐ30代になる人も「20代女性」という括りになってしまいます。このように、明らかに価値観が異なる人を同じグループとして分類することは、非常にナンセンスです。また、会社には戦略上のポートフォリオが存在しますが、そのポートフォリオを埋めるためだけの商品を作ろうとするケースもよくあります。しかし、最も大切なことは、「そもそもそのセグメントに本当にお客様が存在しているのか」、そして「お客様がその価値を本当に欲しているのか」という基本的な視点を忘れないことです。セグメントやポートフォリオに惑わされず、お客様をちゃんと捉えるということを大切にしなければならないと思っています。
ーあくまでお客様を主語にした商品開発をしなければいけないということですね。
そうです。「お客様をどう捉えるか」から全てが始まっていると思っています。お客様に様々な価値観や環境の変化が起きていることを想定して、新しい争点や価値を提供していくことが重要です。常に自分自身に「これは本当に求められていることなのか?」と、問いかけることが結果としてお客様の求める商品に繋がるのではないでしょうか。
ーでは、商品開発を実行する上での「考え方」で大切にしているのはどんなところですか?
「信念」と「柔軟性」のバランスを常に持っておくということです。
私の仕事は企画を立ち上げることからすべてが始まります。自分の企画にはたくさんの想いが詰まっていますし、情熱をもって企画を展開していく推進力が企画担当者には欠かせません。しかし、企画を進めていく中では、自分が想定していなかったさまざまなご意見を頂くことがあります。その時に、いただいた指摘に対してただ反発したり、全てを跳ね返してしまうのではなく、自分の足りない部分を認めつつ、冷静に受け止める柔軟性を常に持つようにしています。常に心の余白を残しておくイメージです。商品開発は決して一人ではできません。周囲の人たちの支えがあって完成するものです。それを常に意識することが、大切ではないでしょうか。
広告業界志望から、メーカー志望へ。大学時代に気付いた自分が本当にやりたいこと
ーここまでサッポロ「GOLD STAR」を通し、マーケティングについて聞いてきましたが、そもそも新木さんが、なぜこのような職に付いたのか教えて下さい。
元々は、15秒で人の心を動かすコピーライターやCMのお仕事をやりたいと思っていました。そのために大学もマーケティング学科に入学したのですが、学んでいくうちに、商品を通してお客様とコミュニケーションするメーカーの魅力に気付きました。コピーライティングや広告が、コミュニケーションの一部を担っていることを知ると同時に、そもそもの商品がなければコピーも何も生まれないと気付いたのです。私のやりたいことは、「自分で創ったものを通して誰かを笑顔にする」ことだったので、ゼロから1を生み出すメーカーで開発を行うことが最も自分がやりたいことかなと、大学で気付いたことが大きかったと思います。
ー大学でマーケティングについては色々勉強をされたと思いますが、実際職に就いてからこの知識やスキルが役に立ったというものや、もっとこの知識やスキルを磨いておくべきだった、というものはありますか?
マーケティングの基礎となる構造や用語を、大学で学んだのは良かったです。ただ、マーケティングというのは勉強科目というよりは「言語」に近く、周りの人と目線を合わせるためのツールだと思っています。
ー知識ではなくツール?
そうです。商品やブランドに関わる仕事をする上で、マーケティングの視点を持っておくことで、年次や経験に関わらず、抜けもれなく共通の認識を得ることができると思っています。そういう意味で、マーケティングは勉強科目というより、ツールであり、共通言語だと考えています。その共通言語を身につけるためにマーケティングを体系立てて学ぶことは必要で、それがないと人とコミュニケーションが上手く取れません。しかし、マーケティングを深く学べば学ぶほど、ヒット商品が作れるかというと、それはまたちょっと別の話なんです。
ーでは、具体的にマーケティング以外に良い商品開発を行うために必要となるのは、どういったものですか?
学生の皆様には、とにかく色々なものをインプットすることに、時間を割いて欲しいと思っています。インプット無くして、良いアウトプットは絶対に出てきません。これは教科書には書いていないことですね。
それと、今どんな商品が売れていて、なぜ流行っているのか、その裏にはどんな気持ちの変化があるのか。色々なことを想像したり観察したりする力というのは、学生時代から身につけておくと絶対に役に立ちます。例えば、「tiktok」 がなんで流行っているのか。流行っているものを自分が楽しむだけではなくて、少しでもその裏側にある「なぜ」を考えてみることをやって欲しいなと思います。
それが、どんどん自分の引き出しになっていくので、結果として質の良いアウトプットに繋がることになります。あくまで勉強は勉強。基礎なのです。自分が知らない視点を知るというか、さまざまな角度で物事を見ることができるように時間を割くことは大切だと思います。
「時代」と「人の価値観」が変化し続ける市場で、ビール業界の課題とはなにか?
ーサッポロビールとしての今後の課題について教えて下さい。
これについては、サッポロビールだけではなく、ビール業界の課題かもしれませんが、ビール業界はいわゆる「マスの業界」なので、大々的にCMを打って一気に認知を広げ、多くの人にお買い上げいただく、という流れが一般的です。しかし、現在はお客様の価値観が多様化しています。その中で、一人のターゲットに深く刺さる商品を造り、長く愛してもらうという時代に移り変わってきています。
大量生産というところからスタートしているビール業界は、どうしても一部の人をターゲットにしたマーケティングに対応しづらいところがあります。このもどかしさは、おそらくどの会社も持っていると思います。
以前は多くの人にとって娯楽の中心だったビールが、近年では「ビール離れ」とささやかれ、数ある趣味嗜好の中の一つになってきています。これからのお客様に寄り添いながら、この産業をどうやって活性化していくのかが、今後の課題だと強く感じています。
ーすでに変化に対応するために新しい取り組みというものは行っているのですか?
そうですね。「HOPPIN’ GARAGE」といった取り組みもありますし、ECの取り組みもかなり強化しており、弊社のECにおけるシェアは高い水準まで来ています。これからは、スーパーの商品棚に並ぶことだけが全てではありません。売り方より、お客様の買い方を重視しながらマーケティングすることが、必要だと考えています。
ーコロナの影響で市場変化があったと感じますか?
確実に変化しています。特にビールは飲食店様に非常にお世話になっている業界ですので、飲食店様の危機はビール業界の危機でもありこのような状況は大きな打撃です。一方で家飲みが増えたことで、缶商材の売り上げは上がっています。
特に、在宅ワークをする方が増えたことにより、自宅でお酒を飲む機会が非常に増えました。そのため、価格の安い新ジャンルや、RTD(チューハイ)、自分で割って作るRTSカテゴリも伸長していて、ノンアルコールビールも伸びています。お酒に求める価値がどんどん変化しているのだなと、強く感じていますね。
ーwithコロナ・afterコロナの戦い方はどうなると思いますか?
このような状況になり、お客様それぞれが自分にとっての大切なものや、時間の使い方を今まさに見直しているところだと感じています。
「お酒“を”楽しむ」から「お酒“と”楽しむ」という世界に変わっていくだろうと思っています。そうなってくると「酔うこと」だけが価値ではなく、人々の生活に寄り添うような視点がこれからもっと必要とされ、生まれてくるだろうと感じています。その中で、如何にしてお酒の楽しみ方を届けていくのかが、我々ビールメーカーの課題ではないでしょうか。