INTERVIEW 2017.03.28
おもしろいものを生み出す原動力は、 “ゲリラ戦マインド”と“新人でいられる場所” ~映画プロデューサー・小説家 川村元気氏インタビュー~

 

2017年春に行われたシンアド最大のイベント「シンアド18★プレミアムフェス」。基調講演では、映画『君の名は。』や『モテキ』、そして著書『世界から猫が消えたなら』など、数々のヒット作を生み出している映画プロデューサー・小説家の川村元気氏に登壇いただきました。
 

そこでシンアド飯田が登壇前の川村氏の楽屋を訪問! 川村氏の就活時代から現在に至るまでの経緯やこれからの仕事についてお話をうかがいました。その様子をお届けします。

 

<お話を聞いた人>
映画プロデューサー・小説家
川村元気(かわむら・げんき)氏

 

<インタビュアー>
シンアド代表(株式会社ホールハート 取締役COO)
飯田賢平(いいだ・けんぺい)

 

就活は「やりたいことを見つける場」だと思う

 

飯田   今のお仕事を具体的にイメージしはじめたのはいつ頃ですか?

 

川村氏   高校時代から映画が好きでたくさん見ていたのですが、当時はプロになれるかどうかなんてわかりませんでした。僕の場合は、目標に自分を近づけていったというよりも、映画の仕事をやりながら、だんだんプロになっていったという感じですね。仕事に取り組みながら自分で調整していきました。だから、映画の仕事からはじめて、小説を書くようになったという経緯も、もしかしたらその順番が逆だった可能性もあって。

映画って、小説も文学も芸能も音楽もあって、いろんなものを飲み込んでいるんです。今になって振り返ると、僕は学生時代からそれら全部が好きでした。バンドをやっていたり、よく本を読んでいたり。好きなことをとりとめもなくやっていたのですが「それが全て活かせるのが映画なんだ」と気づいたのが学生時代の終わりの頃でした。

 

飯田   学生時代の終わりにご自身のやりたいことに気づいて、そこからどのような就職活動を始めたのですか。

 

川村氏   結局、就職活動の場って、「自分が本当にやりたいことは何なのか」を見つめる場だと思うんです。自分で自分に嘘をついていたり、本当はやりたくないことをやりたいことだと思い込んでいたり、自分に合っているものから目を背けていたり。そういうことって意外と多いんですよね。だから僕は、職種や業種を絞り込まずにエンターテインメント業界の企業を幅広く受けていました。その中で、映画とか本とか、ひっかかる分野がいろいろとありましたが、結果として「自分が一番やりたいのは映画なんだろうな」と気づいたんです。だから、就活はやりたいことに向かって突き進むというよりも、やりたいことを見つける場なのではないかという気がしています。

 

 

飯田 その「やりたいこと」ができる環境に行くのは、競争率がとても高いと思うのですが、どのようにして叶えたのでしょうか。

 

川村氏 僕は一芸に秀でた人間ではありませんでした。学生時代に何か実績を残したとか、賞をもらったとかもなくて。その状況で「自分の武器はなんだろう」と考えたら、音楽が好きで小説が好きで映画が好きで……というように、その一つひとつは浅かったのかもしれませんが、好きなものの範囲が広かったんですね。それを自分の武器にしました。

それから、大学受験とか高校受験の場合は、落ちないようにすればいいと思うんです。どうしたら落ちないかを考えて頑張ればいい。でも就活って受験に比べると、たとえば1000人に1人しか選ばれないこともあって、倍率がぐんと上がりますよね。だから受験と同じように「落ちないようにすること」を頑張っても意味がないと思いました。高倍率の中から選ばれるということは「特殊である」ということなんです。「落ちないようにする」のではなく、「1000人に1人が選ばれるという、言わば“異常事態”をどう自分でつくるか」という考え方にマインドシフトしたときに、ちょっと楽になりました。

 

今、人が集まっている場所に行っても、おもしろいものはつくれない

 

飯田  自分の武器を理解できていると強いですね。それに、就活をしながら実践で学んで、考え方を変えていくことも大切です。面接でのアウトプットにも変化があらわれると思いますし。

そのマインドシフトのおかげで、見事「東宝株式会社」に入社したのですね。そのあとのお話もうかがいたいのですが、最初はどんなお仕事をされていたんですか?

 

川村氏  最初は映画館で働いていました。そのあと、企画の部署に異動したんです。

 

飯田  最初はどの社員の方も、同じように映画館での仕事からスタートするのでしょうか?

 

川村氏  いえ、いろんなパターンがあります。ただ、最低2か所の部署を回るというのは決まっています。

 

飯田  川村さんは、その中でもかなり若いときからプロデューサーとして活躍されていますよね。最初は26歳でしたっけ?

 

川村氏  そうですね、『電車男』を製作したのが26歳ですね。

 

飯田  すごく若い年齢からのスタートだと思うのですが、『電車男』に目をつけたきっかけは何だったのですか?

 

川村氏  ヒットしている企画や有名作家の原作、有名監督の作品は、先輩やコネクションを持っている人がほとんど持っていってしまいます。その中で若手が同じように戦っていても当然勝ち目はありません。たとえば、みんなは「あそこで魚が獲れた!」と聞いたら巨大なエンジンを積んで我先にと船で行けますが、僕は手漕ぎボートしか持っていない状態です。だから次に魚がくるかもしれないその先まで手漕ぎボートで行くしかないわけです。つまり、裏道や抜け道を探すしかないと思っていたんです。

そこで「ここならまだ誰も作品を探していないんじゃないか」と思って目をつけたのが、インターネットでした。『電車男』はそこで見つかったんです。空き地を探すような感じで、自分なりに工夫をしていたんですね。

「今、人が集まっているところに行ってもあまり意味がない」という感覚は、未だに持っているかもしれません。たとえば「新海誠※」という監督。彼は才能があるけれど、誰もメジャーでプロデュースをしてきませんでした。でも実際にメジャーで一緒に製作をしたら、すごく良い結果になった。だから、きっと僕にはまだ“ゲリラ戦マインド”みたいなものがあるかもしれないですね(笑)。
※新海誠(しんかい・まこと)…日本のアニメーション作家・映画監督。代表作に『君の名は。』『言の葉の庭』『秒速5センチメートル』など。

 

常に新人でいられる場所に敢えて身を置き挑戦し続ける

 

飯田   なるほど、就職活動のときの視点も、社会人になってからの視点も、「挑戦する」という意味では一気通貫しているのですね。さて、これだけ映画もヒットしていて、業界内でもかなり有名になられていますが、次の目標は何でしょう?

 

川村氏   絶えず自分が新人でいられる場所を探しています。映画で『告白』『モテキ』を手掛けたあたりで、なんとなく映画のつくり方がわかったような気がしてしまったんです、そんなはずはないのに。そのころから、小説を書き始めたんです。当たり前ですが、小説の世界では僕は“新人”です。名前も通用しない。”新人”という立場で必死に書いた小説が『世界から猫が消えたなら』という小説でした。自分が新人の場所で、また一から手漕ぎボートに乗るっていうことですよね。それを繰り返していくことで、自分の中ではよりおもしろいものを作れるかもしれないと思っています。

 

飯田   新しい環境に常に挑戦していくその先には、やはり世界的に有名になるという目標があるのでしょうか。

 

川村氏   いえ、僕は有名になりたいというのはあまりないんです。そもそもこの仕事に携わる人は、2種類しかいないと思っていて。ひとつは「自分が有名になりたい」人、もうひとつは「作品を有名にしたい」人。僕は後者なんです。自分の名前なんか出てなくていい、というか作品がいろいろと世の中に出ていけばいいと思っているタイプです。

小説を書いているときも映画をつくっているときも同様で、「おもしろいものをつくる」ということに慣れると、おもしろいものはつくれなくなるんです。仕事に慣れるって怖いことで。だから絶えず、自分よりも強い強敵と向き合うとか、自分が新人である場所で制作に取り組むことで、新しくておもしろいものが作れないかな、と思っています。


いかがでしたでしょうか。数々のヒット作が生み出される原点には、常に“ゲリラ戦マインド”と新人たる気持ち“があるのですね。ちなみに、川村さんがおっしゃっていた「就活はやりたいことを見つける場である」ということ。これは、就活をする上で最重要ポイントと言っても過言ではありません。やりたいことは何か、そして本当に「やりたいこと」なのか、自分に合っているのか。皆さんもぜひこの機会に、一度自分を振り返って考えてみるのも良いのではないでしょうか。

 

<プロフィール>
川村元気(かわむら・げんき)
1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『宇宙兄弟』『おおかみこどもの雨と雪』『寄生獣』『バケモノの子』『バクマン。』『君の名は。』『怒り』などの映画を製作。2010年、米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出され、翌 2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。2012年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。同書は本屋大賞へのノミネートを受け、130万部突破の大ベストセラーとなり、佐藤健、宮崎あおい出演で映画化された。2014 年には、絵本『ムーム』を発表し、同作は『Dam Keeper』にて米アカデミー賞にノミネートされた、Robert Kondo&Dice Tsutsumi 監督によるアニメ映画化が決定。現在、30の国際映画賞を受賞している。同年、対話集『仕事。』そして小説2作目となる『億男』を発表。『億男』は2作連続の本屋大賞ノミネートを受けベストセラーとなり、中国での映画化が決定。3作目となる最新小説『四月になれば彼女は』が 2016年11月4日に文藝春秋より発売され、12万部を突破。

 

 

 

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